ねおきの人類観 人間は宇宙のがんかもしれない

思惟

カテゴリ「思惟」の4連続記事の3回目です。

なお、このカテゴリは私の空想がベースとなっていますので、ご承知おきください。

前回の宇宙観で、生物、そしてその形態の一つである人がここに存在している意味を記しました。

宇宙のエネルギーの偏りをなくしてフラットな宇宙に戻すために、私たちはエネルギー消費を行う役割を担っている。

人がエネルギー消費をするということは、生命活動をすることです。そしてその活動は、宇宙がフラットな状態に戻るまで続けていかねばならないので、命をつなげていく必要があります。

ならば、永遠の命を授かればよかったのではと思うかもしれませんが、エネルギー消費への最大の貢献は成長です。生物が生まれて、大きく成長する過程において、エネルギー消費は最大になります。

では、死なずにずっと成長を続ければいいのかもしれませんが、命をつなぐことによって新たな命が成長していくほうが、いろいろな点でエネルギー消費の効率がよかったのでしょう。そうして、生物は命をつなぐ本能を持ちました。

ここまでを頭の整理をしたうえで、もう一度生きていく意味を考えたいと思います。どんな生物も、自らの命を生き抜くこと、そして、命をつなぐことが生きる意味です。

生物はその通りに生きています。生き抜くために身の安全を確保しながら餌を求め、成長したら命をつなぐために繁殖活動を行い、それが終われば死んでいきます。

鮭の一生を考えてもらえればわかりやすいと思います。敵が少ない川で生まれた鮭は、餌を得ながら成長し、川を下って海洋にでて、何千倍にも大きく成長します。3~5年かけて成長仕切ったら、川を上り産卵をして命を閉じます。

生物の一形態である人間も同じです。原始人はそうやって生きてきました。進化の過程で、少しずつ知能が発達して餌をとる方法が変わってきました。身を守る方法も変わってきました。

そうやって人間がつくる世界ができてきたのです。その世界では、うまく身を守りつつ餌を得たい、うまく繁殖活動を行いたい、という欲求から、それに適するように、いろいろな価値観がつくられてきました。

今の人間社会の価値観は、価値観が新たな価値観を生んだりしてきているので、とても複雑ですが、それでも、もとをたどれば、すべてこの欲求につながっています。

近代・現代社会における家柄重視、学歴重視などはこの価値観の典型でしょう。人より優雅な生活したい、拝金主義、ルッキズムなど差別化を求めるのもこういった価値観の一形態です。うまく身を守りつつ餌を得たい、うまく繁殖活動を行いたい、という欲求につながっています。

ところが、人間は自分たちがつくりあげてきた価値観を重視するあまり、本来の生きている意味を見失ってしまいつつあります。

子どもたちは、大人が作り上げた複雑な価値観に翻弄され、もがき苦しむことが増えました。子どもの成長にマイナスとなることも増えました。

人間のつくった価値観の世界における生き方を大事にするあまり、命をつなぐことをためらったり、拒んだりすることが増えました。

価値観についていけずに引きこもったり、孤独な犯罪を犯したりする人が増えました。

そして、価値観が大暴走して、自然を破壊してほかの生物が生きられないようにし、人間同士で大量に殺し合い、挙句の果てに、地球環境を破壊して自滅する未来へ向かって突き進んでいます。

これだけ宇宙の法則を乱すことを続けていて、よいはずがありません。人体にできるがん細胞のように、宇宙にできたがん細胞が人間なのではないでしょうか。

宇宙の堪忍袋がいつ切れるのか。それを全く気にすることもなく、宇宙の法則に抗っているのが、今の人類ではないかと思っています。

リスク資産 種類元本(円)現保有額(円)損益(円)損益計(円)
FX~機械的デイトレード2,500,0002,524,06924,06944,122
FX~高スワップ狙いトルコリラ保有450,000519,17069,170
Vポイント投資信託
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335,349322,032-13,317
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