中央競馬の2026年オークスで、一躍トップレディホースに上り詰めた「ジュウリョクピエロ」。その名前の由来となった伊坂幸太郎さんの小説を読みました。以下、ネタバレがありますのでご注意ください。
重力ピエロというタイトル。一度聞いたら忘れない変わったタイトルです。楽しそうに空中ブランコの演技を行うピエロは、重力から解放されているので落ちたりしない、というシーンがありますが、そのようにはなれない主人公「泉水」の弟「春」のことを表現したタイトルでしょう。
全体を通して、1点だけ違和感があったところに絞って話を進めたいと思います。
それは、放火された朝日屋不動産を泉水が訪問する序盤のシーン。
春は、「放火されたのは不動産屋」だといったが、実際に放火されたのは1階であって、5階の不動産屋は関係がなく、春が“こじつけ”ている、ということに泉水が気づく場面です。この“こじつけ”は、いわゆる「秘密の暴露」に近く、放火犯と春が結びつくことになります。
泉水だけでなく、読者もここで、春が放火犯である可能性が高い、とインプットされるわけです。
一応、ミステリーですし、普通に考えれば、この序盤で犯人を特定してしまうような伏線は置かないと思いますので、これは筆者が意図的に配置したとしか思えません。
それゆえ、私にはすごく違和感がありました。いったい、筆者の狙いは何だったのでしょうか。
ここまで読み進めてきて、読者は、不幸な出生に苦悩しつつも、たくましく、すがすがしく、正義感強く生きている春に感情移入が進んでいます。その場面でのこの秘密の暴露です。読者としては、春が犯人であってほしくないと願う感情と、さすがにこの序盤で真犯人がわかるようなストーリーとはしないだろうとの読みから、最終的には、春は犯人にはならないのではないか、と期待を込めて読み進めることになります。
ところが、その期待もむなしく、やっぱり春は放火犯で、それだけでは足らず、殺人まで犯してしまいます。どんでん返しのない、極めてシンプルなストーリー展開に進むことで、読者の期待を大きく裏切りました。
なぜ、こんな流れにしたのでしょうか。
重力ピエロというタイトルがそれを現しているのではないかと考えました。
サーカスの空中ブランコ。落下したらそのまま床に落ちてしまう危険な設定で、ピエロが滑稽なパフォーマンスをすると、観客は落ちないか心配になります。落ちないでほしいという期待と、落ちたら大丈夫だろうか、という不安な気持ちも少し加わりつつ見守ります。ピエロは何度か落ちそうになりながらも、最終的には観客の期待に応えます。重力から解放されたピエロは落ちません。期待通りで拍手喝采です。
一方、重力ピエロの場合は、観客の落ちないでほしいと思う期待を裏切って、重力に負けて落ちます。落ちたピエロの痛々しい姿を見て、観客は拍手もできず、どよめきます。
このサーカスの観客を読者に置き換えると、重力ピエロというタイトルには、読者の期待を裏切る小説にしていますよ、という筆者の狙いが込められていたのではないでしょうか。
そのために、序盤にあえて秘密の暴露に近い伏線を置くことで、その反動で読者の期待感(=春は犯人ではないだろう)が高まることを狙った。そして、最後にその期待感をばっさりと裏切り、もっとひどい裏切り(=春が殺人を犯すなんて)も付け加えた。
さらにいうと、読者の期待感を裏切って罪を犯した春が、自首しないことで、読者にモヤモヤ感を残した。これもエンディングとしては期待外れの方が多かったのではないでしょうか。
ちなみに、小説を読んだ後に、実写化された映画も見ました。
今回取り上げた序盤の朝日不動産のシーンはなく、終盤で春が犯人であることが特定される展開に変わっていました。それによって、結果的にミステリーの王道を行く展開となっているわけですが、原作を読んで上記の考察をした私としては、その脚本で果たして筆者はよかったのだろうか、と大きな疑問が残りました。
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